「 『盧武鉉』 反日賠償 『3.1演説』 を読み解く 」
『週刊新潮』 '05年3月24日号
日本ルネッサンス 拡大版 第158回
特集 続「韓国」最新レポート (前編)
今年は日韓両国の友情年だという。しかし、両国関係の現状は友情年とは程遠い。3月1日の独立運動記念式典での盧武鉉大統領の演説は、その大部分が日本への批判だった。大統領はまず、式典に先がけて独立記念館を訪れ「今日我々が何をなすべきかを深く考えた」と述べている。独立記念館には日本統治の過酷、残忍さを強調する展示が蝋人形などを使って生々しく再現されている。
演説で、大統領は日韓両国を「共同運命体」と位置づけ、ノルマンディー上陸作戦60周年記念式典に、フランスがはじめてドイツを招いたことに言及し、韓国民もフランスのように「寛大な隣人として日本と協力したい希望を持つ」と述べた。
「今までわが政府は国民の憤怒と憎悪を唆(そそのか)さないように節制し、日本との和解協力のために積極的に努力してきた」「わが国民はよく自制し、事の理をわきまえ分別ある対応をしている」と強調、「しかし、我々の一方的な努力だけで解決出来ることではない。両国関係の発展には日本政府と国民の真剣な努力が必要です」と説く。
自制してきたのは、韓国政府と韓国民で、日韓関係改善の努力が足りないのは日本政府と日本国民だと言うのだ。日本側がすべきこととして、大統領は次のように述べた。
「過去の真実を糾明し、心から謝り賠償すべきことがあれば賠償し、それから和解すべきです」
拉致問題に関しては、
「日本国民の怒りを十分に理解する」としつつも、こう表明した。
「強制徴用から日本軍慰安婦問題に至るまで日帝36年の間に数千、数万倍の苦痛を受けた我が国民の憤怒を理解しなければならない」
「そうしなければ過去の呪縛を脱することは出来ない。いかに経済力が強く、軍備を強くしようとも、隣国の信頼を得、国際社会の指導的国家になるのは難しい」。
大統領演説の翌日、韓国有力紙のひとつ『中央日報』が1面トップで興味深い記事を掲載した。演説のなかの賠償のくだりは、大統領自身が書き込ませたというのだ。つまり、日本側の過去の歴史への補償問題を、今、再び持ち出したのは、外交通商部(外務省)ではなく、大統領自身だったわけだ。
周知のように、1910年から45年の日本統治時代に関する「補償問題」は1965年の日韓基本条約で解決済みだ。最近開示された韓国政府の外交文書によっても、韓国民一人一人に対する補償は日本政府が支払った5億ドルに全てが含まれており、日韓基本条約締結の交渉過程で、韓国民向けの補償に一括して責任をとるとの立場を示したのは韓国政府の方だったことが明らかにされた。
過去の歴史を直視するなら、日本側の韓国及び韓国民に対する補償は、あの基本条約でまさに完結しているのである。韓国政府の外交政策は一貫しているはずであり、盧武鉉政権がここで補償を「賠償」と言い替え、新たな要求を突きつけるかのような理屈は国際法上も到底、通らない。また、非生産的でもある。
平壌に乗っ取られるソウル
中央日報の報道は、日本への厳しい外交姿勢はまさに盧武鉉大統領自身が率先して打ち出したことを示すものだが、外交通商部長官(外務大臣)は現に大統領演説の翌日、「日韓基本条約を見直すのは非現実的である」との立場を明らかにしている。“反日”外交政策の蓋を自ら開いたのは大統領なのだ。
朝鮮半島に長い取材歴をもつベテラン記者が語った。
「賠償をはじめ、あの演説での幾つかの言葉使いは、外交についての素養のなさと共に大統領が北朝鮮の影響を強く受けていることも示唆しています。数千、数万倍の苦痛という表現は、北朝鮮が好んで使う表現です。私は3.1演説を聞いて、ソウルのピョンヤン化を痛感しました」
「過去史の問題を外交的争点にしない」と公言してきた盧武鉉大統領自身の言葉を裏切り、日本人にとっては、予想をこえる盧武鉉政権の反日的外交政策は、韓国世論の烈しい感情と切り離せない。
2月末に、記者の質問に答える形で高野紀元・駐韓日本大使が「竹島は歴史的にも国際法上も日本の領土」と、極く当然のことを述べたことへの反発は、理屈を受けつけない反日感情そのものである。竹島に関する日本の立場はずっと変わらず、大使発言は目新しいものではない。それでも、韓国世論は大使発言に飛びつき日本を憎む。
先のベテラン記者は、竹島問題は即、反日感情に結びつくいわば反日の象徴だと指摘したが、その延長線上に、3月1日の大統領演説がある。さらに3月4日、潘基文(パンギムン)外交通商相が予定されていた日本訪問をとりやめた。同外相は、竹島問題は領土問題であり、日韓両国関係よりも重要だとまで述べた。
そのような世論のなかでは、日本を比較的冷静な目で見つめてきた人々も日本に対して厳しい発言をする。
野党ハンナラ党の金文洙(キムムンス)議員は韓国政界では、拉致問題に熱心に取り組む数少ない議員の一人である。同議員はたとえば、靖国問題について、「神社が日本文化の一部であるという点について理解できたことが多かった」と述べながらも、「神社に参拝することは“戦犯に対する参拝”というふうに見える」「韓国には日本帝国主義の植民地にされたという被害者意識がある」と強調した。
また、元左翼学生運動の闘士で、いまは転向し、保守主義勢力の若い指導者として「自由主義連帯」を立ち上げ代表を務める申志鎬(シンジホ)氏も「日本の総理が(戦争で)亡くなった人々の墓地に参拝するのは当然」「靖国については詳しいことはまだ理解していない」としながらも、「A級戦犯を合祀しているのが靖国神社。日本の総理が参拝するのは別の国立墓地であるべきだ」と釘を刺す。
ここに少し古いが興味深い統計がある。2004年9月の中央日報による世論調査だ。韓国人の一番嫌いな国は日本で41パーセント、次が米国で24.3パーセントだった。一方、最も見習うべき国も日本がトップで32.8パーセント、米国と中国は各々、14.3と9.7パーセントだった。更に注目すべきは、最も警戒を要す国は中国で44.3パーセント、米国が28.8、日本はずっと低くて14.7パーセントだった。
見習うべきことは多く、大きな脅威でもない。つき合うには、為になって安心な国であるにもかかわらず、なぜか大嫌いというのが韓国人の対日感だ。
理性的に考えれば反日感情は乗り超えることが出来るはずだが、感情を優先すればそれは難しくなる。人間は理と情の存在であるから、韓国人の対日感が複雑になるのも仕方がないかもしれない。だが、日本人にとって韓国人の対日感を忖度するのは、その分、容易ではない。大事なことは、対話や外交の一方の相手である韓国の対日感に大きな揺れと幅があるとき、日本がより大きな国益という観点から、一層堅固な立場を維持しなければならないということだ。日本までもが韓国の感情の波に呑み込まれてはならないのだ。
世界の顰蹙を買う発言
反日の感情が渦巻く韓国にも、親日の意思表示も具体的な動きも存在する。しかし盧武鉉政権下の現状では、親日は反民族のレッテルを張られる材料となりかねない。また反日はその根幹部分で「親北朝鮮」と同義語である。そこから、奇妙な思想的空白、現実遊離の考えが生じてくる。たとえば、2月10日に北朝鮮が核保有宣言をしても、韓国民の大半は危機感を抱かないのだ。その理由を、自由主義連帯のメンバー、洪晋杓(ホンジンピョ)氏は次のように説明した。
「理由は2つ。まさか同朋の韓国民に北が核を使うことはないという考え。もうひとつは現政権が、北の核は恫喝用で実際に使うためのものではないと説明してきたことです。多くの韓国人はこうした考え方を信じています」
盧武鉉大統領は、昨年11月13日、ロサンゼルスで「北朝鮮が、核兵器とミサイルは外部の脅威から自分を守る抑制手段だと主張するのは一理ある」などと述べ、国際社会の顰蹙を買った。
洪氏は、かつて左翼学生運動をしていたときには、一連の説明を信じていたが、現在は別の理由で、金正日総書記は核を使わないと考えている。
「金正日は核の使用は即、自分自身の終末を早めることになると認識しているでしょうから、いかなる国に対しても核を使うことは難しいと思います。彼の願いは自身の生き残りのみです。北朝鮮情勢が大きく揺らぎそこにとどまることも出来ないとなれば、亡命を選択して自分の命を守るのではないでしょうか。金正日は自分だけが大切な極端なエゴイストで、サダム・フセインとも違うと私は考えます」
北朝鮮情勢に詳しい人物から金日成、正日父子の比較を聞いたことがある。故金日成は、人民が飢えていると聞くと、彼らの暴動を恐れて対策を立てようとする。息子の正日は、飢えれば人民はますます自分に頼るようになると考えて放置するというものだった。
そのような非難を浴びる金正日政権はいま、水面下で盧武鉉政権に6.15(南北首脳会談)を記念して南北人民大集会の共催を働きかけているという。4月には日本の歴史教科書の検定結果が発表されるがその4月を待たず、韓国側は教科書問題について、早くも3月11日、これを摩擦の種として問題提起した。この反日の動きは先述の6.15に、さらに8月15日の光復節までつながっていく可能性がある。日韓両国の現状に黄長燁(ファンジャンヨプ)朝鮮労働党元書記が警告した。
「こうした問題で対立を続けるとしたら、両国の国益は損なわれていく。一番喜ぶのは中国です」
北朝鮮政府の中枢で長い年月をすごした体験に基き、黄氏が興味深い話をした。
「私が国際書記をしたとか、科学教育の書記、或いは最高人民会議の議長をしたとか言いますが、それらは全て副業です。私の本業は理論書記から出発し、常に変わらず、その仕事をしました。朝鮮労働党の指導思想を管理することです。40年間同じ仕事をしましたから、私は彼らがどう考え、どこに進もうとしているかがわかります」
金正日は良いことでも悪いことでも世界の注目を浴びることを求め、「彼なしでは世界は動かない」と人民に印象づけ、それを支配力の基本にするというのだ。
「日本の総理が2回もやってきて、米国も大統領が訪問しようとした。ロシアもプーチンが行った。これらを活用して偉大な首領だと宣伝するのです」
「鍵を握るのは中国」
無論、金大中(キムデジュン)大統領も北を訪れた。盧武鉉大統領もそうしたいと考えている。だが、黄氏は韓国の現状については沈黙を守る。そして金正日の力を一挙に突き崩せる国があるとしたら、中国だと断言する。
「中国が北朝鮮と同盟関係を維持している限り、(逆説的だが)中国の北朝鮮への影響力は殆んどないのです。金正日政権維持の立場をとる限り、(金正日の安寧は担保されるために)彼は中国の助言を聞かないでしょうし、中国は打つ手がありません。しかし、同盟関係を御破算にすれば、金正日は中国の言い分を聞かざるを得ません」
中国が北朝鮮と結びついている現状では、6カ国協議を開催しても問題解決には至らないという意味である。盧武鉉政権の親北政策は、問題解決に貢献しないだけでなく、マイナスだということでもある。
核もミサイルも拉致問題も、金正日体制が生み出した。彼の“除去”なしには解決出来ない。課題はどのような手段でそれを行うのかである。黄氏は答えた。
「私は多くを話すことは出来ません。ひとつ明言出来るのは、戦争は駄目だということです。戦争で勝っても、負けたのと同じです。中国を巻き込む外交的な方法か、韓国の態度を変えさせていくことです」
両国をどう変えるのか。黄氏は具体論は語らない。
「(マルクスや)共産主義者は、歴史上はじめて徹底的な利害関係と力による論理を完成させた。暴力による支配、軍事第一主義、先軍思想。彼らと話し合いで解決しようなど、愚の骨頂です。社会主義では対話によって解決が可能だというのは空想主義的社会主義と言われます。彼らは徹底的に力による階級闘争によってのみ勝利すると確信してきた人々です。彼らが恐れているのは、唯、力です」
黄氏は、朝鮮戦争を「説得」で解決出来たか、米ソ冷戦が米国の軍事力なしに話し合いで終止符を打たれたかと反問する。無論、否である。
右の指摘は、金正日には力で圧倒しなければならないとのメッセージであろう。それをしていないのが、中国、韓国、ロシアである。そしてわずかな制裁さえも躊躇っているのが日本であり米国である。北朝鮮について最もよく知る人物、黄氏は強調する。
「北の脅威の前で、韓国の民主主義を守っていかなければなりません。僅かに残された私の仕事は、韓国の民主主義を助けていくことです。そのためには、小さな民族的な感情、過去の話などを乗り越えて、韓日が団結していくことです」
黄氏は問うているのだ。本当の味方は誰か、国益を守る方法は何なのかと。
親北親中路線に傾く余り、反米反日路線で突っ走れば、ツケは韓国にふりかかる。日本にとっても危うい。北朝鮮が揺らぎ、中国が大いなる脅威となったいま、日韓両国こそが、米国と共に団結しなければならない。盧武鉉政権の反日政策は、日本に負荷を与える前に韓国の国益を損ねるものだ。